耳で楽しむ読書の新しい形:視力を失った祖父への想いと「からだ⇄世界」の道を探る

「今、いいですか。これ聞いてみてください」。携帯音楽プレーヤーとイヤホンを手に声をかける。東京都心の日比谷公園で昼休み中の会社員がターゲットだ。聞こえてくるのは本を朗読する人の声。大学生だった上田渉(うえだ・わたる)が「どうですか。これがいくらなら欲しいですか」と質問を重ねる。2004年の秋、本の内容を音声で聞くことができるサービス「オーディオブック」は、まだ日本に根付いていなかった。
応じる人は案外多かった。「老眼だからこういうのはいいね」「耳で聞くと楽」。評判も悪くない。200人に聞いた。「紙の本と同じかそれ以下の価格なら買う」という答えに手応えを感じた。
創業のきっかけ
それまでにも朗読を録音したカセットテープなどはあったが、多くの人が手を伸ばす商品ではなかった。同じ年の暮れ、オーディオブックを配信する会社「オトバンク」を大学在学中に創業。誰でもどこでも訪ね、自ら道をつくる。45歳の今も変わらない。
偏差値30。神奈川県内の進学校での成績は振るわなかった。受験を前に「祈るような気持ち」で教科書、参考書、試験問題をゆっくり音読してみた。すると分かりやすくなる気がした。時に100回繰り返す。次第に成績が上向き、浪人はしたが東大に合格した。
祖父との思い出
離れて暮らし、療養中だった母方の祖父三浦正勝(みうら・まさか)に合格の報告に行こうとした日の朝だった。祖父が他界した。浪人中も励ましてくれたのに「何も恩返しができなかった」と悔いが残った。
祖父は鉱山関係の会社で技術者として働いていたが、緑内障のため60歳の時にはほぼ視力を失った。書斎の本はほこりをかぶったまま。80歳で亡くなるまで自宅のテレビの横に体を寄せ、じっと音に耳を傾ける姿が記憶に刻まれている。祖父のように本を目で読めない人を助けることを仕事にしたいと思った。
オーディオブックの普及
視覚に障害がある人の生活を教えてほしいと、盲学校の先生や支援団体から次々と話を聞いた。何に困るのか、どんな気持ちなのか。その時、朗読のテープやCDを貸し出すサービスがあると知った。祖父も利用できたはずなのに、自分たち家族は何も知らず、教えてあげられなかった。「素晴らしいサービスがあっても情報を知らなければ届かない」と痛感した。
だが、そこから進むべき道が浮かび上がる。耳で本を読むのは当たり前という社会をつくれないか。「オーディオブック市場」と呼べるものができれば「視覚に障害がある人にも健常者を通じて届く」と発想した。それが定着した時、「聞く文化」が生まれる―。

オーディオブックは小説やエッセー、対談、評論、自己啓発といった多様なジャンルの本を声優やナレーターらが朗読し、その音声をインターネットで配信する。小説に効果音を入れるなどの工夫もする。
コンテンツを増やすため出版社をひたすら回った。面識のない作家にも会いに行き、オーディオブックへの理解と協力を求めた。やはり、どこでも行き、誰とでも会って活動の場を広げていく。
新たな読書体験
当初はコンテンツを購入した人が携帯プレーヤーに