オウム被害者の父が語る「見守り続ける」思い 仮谷さん事件の命日を迎えて

命日を迎えた目黒公証役場事務長の追悼

1995年にオウム真理教幹部に拉致され、命を奪われた目黒公証役場事務長の仮谷清志さん(当時68歳)の命日である1日、東京都内の納骨堂にて、長男の実さん(65歳)をはじめとする遺族が集まり、故人を偲んだ。実さんは父の遺影と戒名が掲げられた礼拝室で、故人が好んで飲んでいたコーヒーを供え、手を合わせて祈りを捧げた。「これからも見守っていて」との思いを込めた瞬間であった。

仮谷さんの遺族は、昨年、千葉県船橋市にあった家族の墓から納骨堂に遺骨を移した。実さんは、長男の柾維さん(33歳)や長女の茉鈴さん(27歳)と共に訪れ、事件から30年が経過したことや、家族の健やかな成長を報告した。実さんは「真面目で優しい父だった。残念という言葉では済まない事件だ。どういう思いで最期を迎えたのかと想像するだけで、悲しくて苦しい」と心境を語った。

事件の影響と家族の思い

仮谷さんの事件は、家族にとって計り知れない影響を及ぼした。実さんは、父の死を受け入れることがいかに困難であったかを振り返り、「父が生きていたら、どんな人生を歩んでいたのか」との思いを胸に抱えている。家族は、仮谷さんの記憶を大切にしながら、日々の生活を送っている。

また、実さんは、父の教えや思い出を子どもたちに伝えることの重要性を強調し、「私たちが父の分までしっかりと生きていくことが、父への最大の供養だと思っている」と語った。家族の絆を深め、仮谷さんの遺志を継ぐことが、彼らにとっての使命である。

未来への希望と祈り

仮谷さんの命日を迎え、遺族は悲しみの中にも未来への希望を見出している。実さんは、「父が見守ってくれていると信じている。私たちが幸せに生きることが、父に対する何よりの供養だ」と述べ、家族の絆を再確認した。彼らは、仮谷さんの思いを胸に、これからも力強く歩んでいく決意を新たにした。

このように、仮谷清志さんの命日には、遺族が集まり、彼の思い出を語り合いながら、未来への希望を抱いている姿が印象的であった。家族の絆と故人への愛情が、今後も彼らの支えとなることだろう。

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